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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)11551号 判決 1998年3月05日

原告

川上省二

ほか一名

被告

池野幸雄

ほか一名

主文

一  被告らは、原告らに対し、連帯して各金三〇〇〇万円及びこれらに対する平成二年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用中、補助参加によって生じた部分は補助参加人の、その余は被告らの各負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項と同旨

第二事案の概要

本件は、訴外亡川上智也(以下「亡智也」という。)の両親である原告らが、亡智也は、大型貨物自動車(以下「亡智也車」という。)を運転中、被告池野幸雄(以下「被告池野」という。)が運転し、被告株式会社ティー・ピー・アイ(以下「被告会社」という。)が所有する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)に衝突されて頭部外傷を負い、その結果、脳膿瘍を発症して死亡したと主張して、被告池野に対しては民法七〇九条、被告会社に対しては自賠法三条又は民法四四条(原告らは、被告池野は被告会社の取締役であり、本件の交通事故は、その職務を行うにつき起こした旨主張している。)に基づき、それぞれ損害賠償を請求(ただし、内金請求)している事案である(なお、被告車につき、被告会社との間で自動車損害賠償責任保険契約を締結していた富士火災海上保険株式会社が被告らに補助参加している。)。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成二年三月二五日午前四時五分ころ

(二) 場所 神戸市西区伊川谷町有瀬第二神明道路(以下「本件道路」という。)上り九・四キロポスト

(三) 加害車両 被告池野運転、被告会社所有の普通乗用自動車(神戸五三ら三一二三)(被告車)

(四) 被害車両 亡智也運転の大型貨物自動車(なにわ一一あ二七一)(亡智也車)

(五) 事故態様 亡智也車が本件道路の東行車線を走行中、同車線を逆行(西進)してきた被告車と正面衝突した。

2  被告池野は、呼気一リットル中に〇・四五ミリグラムのアルコールを保有する状態で被告車を運転し、本件道路の東行車線を時速約五〇キロメートルの速度で逆行した上、亡智也車を発見した後もハンドルを右に操作しただけで急ブレーキをかけず、その結果、被告車の左前角付近を亡智也車の左前角付近に衝突させたものであるから、被告池野には過失がある。

3  亡智也は、本件事故から一三日経過した平成二年四月七日、姫路中央病院において頭部打撲兼挫創の傷病名で通院治療を受け、その後、医誠会病院に転院して通院治療を受けた。そして、同月九日から同年一二月七日まで二四三日間、同病院に入院して治療を受けたが、同年一二月七日、脳膿瘍を直接死因として死亡した(甲五、弁論の全趣旨)。

4  原告川上省二(以下「原告省二」という。)は亡智也の父、原告川上愛子(以下「原告愛子」という。)は亡智也の母である。

二  争点

1  亡智也の死亡と本件事故との間の因果関係の有無

(原告らの主張の要旨)

(一) 亡智也は、本件事故から約二週間後、突然痙攣を起こして転倒し、姫路中央病院及び医誠会病院で検査を受けたところ、左前頭葉に脳膿瘍が発見され、その後、医誠会病院において数回にわたって手術を受けたが症状は回復せず、本件事故から約八か月余り経過後、脳膿瘍によって死亡した。

(二) ところで、脳膿瘍の原因には、頭蓋骨骨折等による外因性のもの、あるいは副鼻腔炎や心肺疾患等による内因性のものが考えられるところ、亡智也に生じた脳膿瘍は、本件事故による外傷が契機となって生じた外因性のものである。

すなわち、本件事故は、東行車線を逆行してきた被告車が亡智也車に正面衝突し、その後、亡智也車がタイヤを引きずるようにして約七四・五メートル進行し、左側ガードレールに衝突した後もガードレールに約七メートルの擦過痕をつけてようやく停止したというものであり、このような事故態様からすると、亡智也車には、被告車との衝突の際、あるいはガードレールとの衝突の際にかなりの衝撃が加えられたはずである。

そして、亡智也は、本件事故後、脳膿瘍の臨床症状である頭痛を訴えるようになったが、亡智也は、元来壮健で本件事故前は健康体であり、本件事故後に入院した医誠会病院においても脳膿瘍の原因として考えられる耳鼻科疾患や心肺疾患等は認められなかった。

そして、医誠会病院の平賀章壽医師(以下「平賀医師」という。)は、亡智也は、本件事故の際の衝撃により頭部を打撲し、その際、頭蓋骨あるいは頭蓋底に単純レントゲン写真や頭部CTで捉えられない小さな頭蓋底の骨折を生じ、そこから脳内に細菌感染が生じた可能性があるとする意見を述べている。

(三) 以上によれば、亡智也の死亡と本件事故との間には因果関係がある。

(被告ら及び被告ら補助参加人の主張の要旨)

(一) 原告らは、亡智也が本件事故によって頭部打撲等の傷害を負ったと主張するが、そのような事実は認められない。

(1) 本件事故は、次のようなものであった。

本件道路の東行車線を走行していた亡智也は、東行車線の左側車線を時速約六〇キロメートルの速度で走行していた訴外生越晃運転車両(以下「生越車」という。)を追い越そうとして右側車線を走行中、同車線を逆行してきた被告車を発見し、急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切ったが間に合わず、その結果、被告車の左前角付近と亡智也車の左前角付近が衝突した(なお、衝突時の亡智也車の速度は、時速約九〇キロメートルであったと推認される。)。

この衝突により亡智也車は、左前輪が破損・パンクし、路面には二メートルの擦過痕が付着した。また、衝突後、亡智也車は、右前輪タイヤ周りが右側ガードレールを五メートル擦過した後、左前方に進行し、七四・五メートルのタイヤ引きずり痕を路面に印象しつつ、左側ガードレールに左前部から斜めに衝突し、左側ガードレールを七メートル擦過してようやく停止した。

(2) 以上によれば、亡智也は、本件事故により、合計三回の衝撃(<1>被告車との衝突、<2>右側ガードレールとの衝突、<3>左側ガードレールとの衝突)を受けたとみられる。

ところで、亡智也車は、最大積載量一〇トンの大型貨物自動車であり、そのフレーム、フロントバンパー等は堅牢そのものであるのに対し、被告車はフレームもなく、車両全体が緩衝装置ともいうべき軟らかなモノコック構造の普通乗用自動車であるため、両車両の衝突時の衝撃は、ほとんど軟体物である被告車が吸収してしまい、亡智也車に加えられる衝撃は大幅に減殺される。

また、亡智也車は、車体の剛性に加えて、車両・積荷総重量と走行速度で大きく被告車を上回る。

さらに、亡智也車と被告車は、互いに左前角付近が衝突しているのであって、完全な正面衝突ではなく、亡智也車に及ぼす影響力は左側後方へ分散している。

そして、亡智也は、衝突回避のため急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切っているのであるから、当然ハンドルをしっかりと持ち、全身で身構えた体勢をとっている。

このような点に着目すると、衝突時の慣性モーメントにより亡智也の上体が前へ飛び出すほどの衝撃が生じたとは考え難く、仮に飛び出していればハンドル等で胸部その他も強打しているはずであるが、本件において、このような形跡は一切認められていない。もちろん、亡智也は、急停車したわけではないから反動で後頭部を打つこともない。

したがって、<1>被告車との衝突の際に亡智也が頭部打撲等を負うことは困難である。

次に亡智也車は衝突後、右斜めに一一・八メートル進行し、右側ガードレールを右前タイヤ及びフェンダーで擦過しているが、接触角度が極めて浅く、衝撃もほとんどないに等しい上、軽微な損傷にとどまっているから、<2>右側ガードレールとの衝突の際に頭部打撲等を負ったとも思えない。

さらに、<3>左側ガードレールとの衝突についても、すでに損壊して軟弱化した左前角が鈍角で衝突し、しかも亡智也車は左側ガードレールを七メートル擦過しつつ、徐々に停止したものであるから、防御姿勢をとっていた亡智也がその際に頭部打撲等を負ったとも考えられない。

そして、本件事故後、亡智也は怪我はないと言っており、病院にも行っていない。

以上によれば、亡智也が本件事故で頭部打撲を負った事実は積極的に否定されこそすれ、これを認めることはできないというべきである。

(二) 原告らは、亡智也は、姫路中央病院及び医誠会病院で検査を受けた結果、左前頭葉に脳膿瘍が発見されたと主張するが、そもそも、亡智也に発見されたのは、本件事故とは全く無関係に生じた脳腫瘍である可能性が高く、亡智也の死因となった脳膿瘍は、脳腫瘍の二次的合併症である可能性が高い。

したがって、亡智也の死亡と本件事故との間に因果関係はない。

(三) 仮に、亡智也に発見されたのが脳膿瘍であったとしても、本件事故と無関係に生じた可能性がある。

この点、平賀医師は、頭蓋骨骨折又は頭蓋底骨折は、ときに弱い外力で生じるところ、亡智也は、本件事故により、単純レントゲン写真や頭部CTで捉えられない小さな頭蓋底骨折が生じ、ここから脳内に細菌感染が生じ、膿瘍を形成した可能性があるとしている。そして、その根拠として、亡智也には脳膿瘍の内因的な発症原因として可能性の高い耳鼻科疾患(副鼻腔炎等)や心肺疾患等が認められなかったことをあげる。

しかしながら、そもそも、本件では、亡智也が本件事故により頭部打撲等の傷害を負った事実は認められないから、平賀医師の意見は、その前提を欠くものであるし、仮に亡智也の頭部外傷の事実が認められたとしても、平賀医師は、脳膿瘍の内因性の原因として可能性の高いものを否定したに過ぎず、内因性の原因全てを否定しているわけではない上(なお、亡智也は、医誠会病院人院中、歯科的な治療を受けているのであり、虫歯が脳膿瘍の原因であった可能性もある。)、外因性によるとの推論経路も非常に可能性の低いものである。そして、平賀医師以外の医師は全て、亡智也の死亡が本件事故に起因することに否定的であり、医誠会病院の死亡診断書でも「病死及び自然死」とされ、自動車保険料率算定会も死亡との因果関係を否定しており、さらに、検察庁も被告池野につき道路交通法違反のみで略式命令請求したにとどまっている。

以上によれば、亡智也の死亡と本件事故との間の因果関係は、なお証明の域に至っていないというべきである。

2  損害(原告らの主張)

(一) 治療費(五四万五九四〇円)

(1) 姫路中央病院分 一万三二七〇円

(2) 医誠会病院分 五三万二六七〇円

(二) 入院雑費(三一万五九〇〇円)

亡智也が医誠会病院に入院した二四三日間につき、一日あたり一三〇〇円

(三) 休業損害(二九三万八七七五円)

亡智也は、本件事故当時、日商陸運運送株式会社(以下「日商陸運」という。)に大型貨物自動車の運転手として稼働しており、平成元年度の年収は四三七万八五〇八円であった。そして、亡智也は、本件事故により、平成二年四月七日から同年一二月七日までの二四五日間稼働できなかったから、亡智巴の休業損害は次のとおりとなる。

四三七万八五〇八円÷三六五日=一万一九九五円(円未満切捨て)

一万一九九五円×二四五日=二九三万八七七五円

(四) 死亡逸失利益(五八五六万六〇四七円)

亡智也は、死亡時二五歳であったから、就労可能年数は四二年である。また、亡智也は原告らの長男であり、川上家の跡取りとして、近い将来一家の中心的存在となる予定であったから、生活費控除率は五〇パーセントではなく四〇パーセントとすべきである。以上の事情を考慮して新ホフマン方式により中間利息を控除して亡智也の志望逸失利益を算定すると次のとおりとなる。

四三七万八五〇八円×(一-〇・四)×二二・二九三=五八五六万六〇四七円(円未満切捨て)

(五) 傷害慰謝料(三〇〇万円)

(六) 死亡慰謝料(合計二四〇〇万円)

(1) 亡智也の慰謝料 一〇〇〇万円

(2) 原告らの慰謝料 各七〇〇万円

(七) 葬儀費用(一五〇万円)

(八) 弁護士費用(合計六〇〇万円)

原告らにつき各三〇〇万円

(九) よって、原告らは、被告池野に対しては民法七〇九条、被告会社に対しては自賠法三条又は民法四四条に基づき、連帯して、各三〇〇〇万円(右損害合計額九六八六万六六六二円の二分の一である四八四三万三三三一円の内金)及びこれらに対する不法行為の日である平成二年三月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三争点に対する判断

一  争点1(亡智也の死亡と本件事故との間の因果関係の有無)について

1  前記争いのない事実等に証拠(甲九ないし一三、一六、一八、丙一ないし三、六、鑑定の結果、平賀章壽証人、原告省二本人、弁論の全趣旨。なお、技番のある書証は枝番を含む。)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故前の亡智也の状況等

(1) 亡智也(昭和四〇年四月二〇日生・本件事故当時二四歳)は、高校生のときは、歯痛以外に特に身体の異常を訴えたことがなく、昭和六三年に日商陸運に入社した後は、よく胃痛を訴えるようになったが、体調不良等で仕事を休むことはなかった。

(2) 亡智也は、平成元年一二月三一日午前零時ころ、胃痛を訴えて医誠会病院に通院したことがあり、また、平成二年二月一八日午後一〇時ころ、三八・五度の熱が三日間下がらないとして同病院に通院したことがあった。

(二) 本件事故の状況等

(1) 本件事故が発生した現場の概況は、別紙交通事故現場見取図の図面1及び2(以下それぞれ「図面1」「図面2」という。)記載のとおりである。

(2) 本件道路は、東西に延びるアスフアルトで舗装された平坦な直線道路であり、最高速度は時速七〇キロメートルである。

本件事故当時の天候は晴れで路面は乾燥していた。

(3) 亡智也は、平成二年三月二五日午前四時五分ころ、亡智也車を運転し、本件道路の東行車線の左側車線を走行中、図面1の<1>地点において、時速約六〇キロメートルの速度で同車線上を走行していた生越車(図面1の地点を走行中の車両)を追い越そうとして右側車線に進路を変更し始めたところ、図面1の<2>地点において、同車線を時速約五〇キロメートルの速度で逆行してきた被告車(図面1の<ア>地点を走行中・なお、亡智也車と被告車との距離は約一二一・五メートル)を発見し、図面1の<3>地点で被告車(図面1の<イ>地点を走行中・なお、亡智也車と被告車との距離は約二四・七メートル)と衝突する危険を感じて急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切ったが間に合わず、その結果、図面1の<×>地点において、被告車の左前角付近と亡智也車の左前角付近が衝突した(なお、被告池野は、呼気一リットル中に〇・四五ミリグラムのアルコールを保有する状態で被告車を運転しており、亡智也車を発見した後もハンドルを右に操作しただけで急ブレーキをかけなかった。)。

亡智也車は、被告車と衝突後、本件道路右側に設置されていたガードレールに接触した後、本件道路を左斜めに進行し、本件道路の左側に設置されていたガードレールに接触して図面2の<2>地点に停止した(衝突地点から停止地点までの距離は約八九・五メートル)。そして、本件道路上には亡智也車の左前輪による約二メートルの擦過痕及び約七四・五メートルのタイヤ引きずり痕か、本件道路の右側ガードレールには約五メートルの擦過痕が、本件道路の左側ガードレールには約七メートルのガードレール擦過痕が、それぞれ印象された(印象状況は、図面2記載のとおり)。

他方、被告車は、亡智也車と衝突後、右反転して図面2の<イ>地点に停止した(衝突地点から停止地点までの距離は約四・八メートル)。

(4) 亡智也車は、長さ一一・九八メートル、幅三・四九メートル、高さ三・七九メートルの大型貨物自動車であり、最大積載量は一〇トンである。

亡智也車は、本件事故により、前バンパー左右端・グリル左前・左ステップ凹損、左前ライト・ウインカー・車幅灯破損、左前輪破損、左前タイヤパンク、右前タイヤ擦過痕の損傷が生じた(なお、亡智也車の右損傷の修理費は、部品価が合計七四万五五一〇円、工賃が合計四二万二五〇〇円であった。)。

(5) 被告車は、長さ四・二五メートル、幅一・六五メートル、高さ一・三七メートルの普通乗用自動車である。

被告車は、本件事故により、前バンパー左側・左前フェンダー・左前ドアー・ボンネット凹損、左前ライト・同ウインカー・左前サイドミラー・フロントガラス破損の損傷が生じた。

また、被告池野は、本件事故により、右鎖骨骨折、右第四中手骨骨折の傷害を負った。

(三) 本件事故後の亡智也の状況等

(1) 亡智也は、本件事故後、被告池野に対し、怪我はないと言い、また、帰宅後、同棲していた女性に対して本件事故の件を話した際も、怪我はないので大丈夫である等と言った。

(2) 亡智也は、本件事故後しばらくの間は身体の異常を訴えていなかったが、本件事故から約二、三日経過したころから急に頭が痛いと訴えるようになり、その後も頭痛を訴えていたが、病院へは行かなかった。

(3) その後、亡智也は、本件事故から一三日経過した平成二年四月七日午前五時すぎころ、日商陸運の取引先である佐川急便株式会社姫路店において荷物の積み降ろし作業中、突然意識を喪失して転倒し、痙攣を起こした。これを発見した同僚によりただちに救急車が呼ばれたが、救急車が到着した時点で、亡智也の意識は痛みに反応する程度であり、はっきりしなかった。

亡智也は、救急車で姫路中央病院に搬送され、右後頭部打撲(右後頭部に血腫あり)、右中指、薬指、小指擦過傷、対光反射敏速・完全、眼球運動正常、舌正常、顔面麻痺なし、四肢麻痺なし、深部腱反射正常、病的反射なし、眼底は左右とも病的鬱血なし、血圧は一一〇から六〇、傷病名は「頭部打撲兼挫創」と診断されたが、意識消失後の頭部打撲か、頭部打撲後の意識消失かは不明とされた(なお、亡智也は、救急車の中で意識を取り戻し、同病院受診時には受け答えが可能であった。)。

そして、同病院で頭部CT検査を実施したところ、亡智也の左前頭葉に異常が発見されたため、亡智也は、菅谷医師の紹介状を持って、同日の午後九時すぎころ、医誠会病院を受診した。

(4) 医誠会病院では、菅谷医師の紹介状を受けて亡智也の診察が開始され(なお、最初の診断名は「てんかん」であった。)、滝本医師の指示により再度頭部CT検査が行われた。その結果、平賀医師(大阪大学医学部卒業、平成二年一月一日から同年四月三〇日まで医誠会病院の脳神経外科部長として勤務し、同病院に勤務中は亡智也の主治医として治療にあたった。)は、亡智也の左前頭葉に四センチメートル×四センチメートルの腫瘍陰影を認め、その後に施行した脳血管撮影等の結果から、右陰影は「脳腫瘍」の疑いがあるとして、同月九日、亡智也に入院して精査を受けるよう告げた。

亡智也は、同病院入院後、頭がぼーっとしたり、右手しびれ感や微熱等の症状が続いたが、胸部レントゲン検査、心電図検査、白血球数(六〇七〇・なお、正常値は四五〇〇から九五〇〇くらいとされている。)等は正常で他に異常は認められなかった。

そして、同月一九日、開頭の上、脳内の病理組織を摘出する手術が行われ(なお、本件で手術記録等は残っていない。)、その後、摘出組織の病理学的検査が施行されたところ、平賀医師は、病理組織は「脳腫瘍」ではなく「脳膿瘍あるいはそれが慢性化した肉芽腫」であると判断した。

亡智也は、手術後しばらくの間は、意識清明で右握力も上昇する等良好であったが、依然として頭痛を訴え、抗生物質を投与される等して治療を受けていたが、五月下旬ころから徐々に意識レベルが低下し、その後、項部の中度硬直、白血球数増加(一〇九五〇)、高熱が生じる等次第に全身状態が悪化し、数回にわたって手術を受けたものの、結局、症状の改善を見ないまま、同年一二月七日、脳膿瘍を直接死因として死亡するに至った。

(四) 亡智也から摘出された病理組織の鑑定の結果

北海道大学医学部第二病理学講座教授である長嶋和郎鑑定人は、平成二年四月一九日に亡智也から摘出された病理組織の標本について、次のとおり、病理学的所見を述べた。

病理組織標本は、腫瘍とするにはその由来する細胞を同定することができない一方、炎症所見が著明であるため脳の炎症性疾患と考えられ、炎症の原因菌等は同定できないが、脳膿瘍の一部を標本として採取されたものとして矛盾しない。

(五) 脳膿瘍について

(1) 脳膿瘍とは、脳実質内に膿が限局性に貯留したもので、一般化膿菌(ブドウ球菌、レンサ球菌等)によるもの(狭義の脳膿瘍)のほかに、結核、梅毒、寄生虫等の肉芽腫によるものや真菌によるものも含まれる。

(2) 感染の原因には、<1>開放性・穿通性頭部外傷により、直接、脳に菌が侵入する場合、<2>脳に隣接する化膿巣(中耳炎、乳突炎、副鼻腔炎、眼窩内化膿性疾患、歯牙疾患等)から直接、脳に感染する場合、<3>身体の他部の化膿巣(肺膿瘍、心内膜炎等の胸腔内病巣が多い)から、血行性により脳に感染する場合、<4>先天性心疾患に伴う場合(左右短絡のある患者に発生しやすく、チアノーゼを伴う。)があり、そのうち、<2>の原因が多いとされている。

(3) 脳膿瘍の症状には、頭痛、発熱、項部硬直、嘔吐、意識障害、痙攣、知覚運動障害、失語症、白血球増加等がある。

(4) なお、中耳炎から感染する場合は、側頭葉、小脳に発生しやすく、副鼻腔炎から感染する場合は、前頭葉に発生しやすい。

2  以上の事実を総合すれば、亡智也は、本件事故から一三日を経過した平成二年四月七日、脳膿瘍により突然意識を喪失し、その後、何度かにわたって手術を受けたものの、結局、脳膿瘍が原因となって同年一二月七日死亡したと認められ、これを覆す証拠はない(なお、被告ら補助参加人が私的鑑定を依頼した乾道夫順天堂大学客員教授は、姫路中央病院及び医誠会病院の診療録等を検討した結果、亡智也の脳の病変は高度の確率をもって「脳腫瘍」であると意見を述べているが〔丙六〕、鑑定の結果に照らし、採用できない。)。

3  そこで、本件事故後に亡智也に発生した脳膿瘍が、本件事故が契機となって生じたものかについて検討する。

(一) この点につき、医誠会病院で平成二年四月三〇日まで亡智也の主治医を担当した平賀医師は、亡智也に生じた脳膿瘍と本件事故との間の因果関係について、大要、次のとおり意見を述べる(以下「平賀意見」という。)(甲九、一四ないし一九、平賀章壽証人、弁論の全趣旨。なお、枝番のある書証は技番を含む。)

亡智也のような若い健常成人で突然に脳膿瘍が発症することは極めて稀である。そして、亡智也には、医誠会病院入院時、耳鼻科疾患や心肺疾患等が認められず、また、臨床所見において免疫学的な異常が認められなかったことから、脳膿瘍の原因として可能性の高い内因性のものが否定的である。また、一般的に頭蓋骨骨折等の外傷によって脳膿瘍が形成されるためには数日から数週間(五、六日から五、六週)を要するところ、亡智也は、本件事故発生から約二週間後に脳膿瘍が形成されている。

このようなことを考えれば、亡智也は、本件事故によって頭部を打撲し、単純レントゲン写真や頭部CTでは捉えられない小さな頭蓋底骨折を生じ、骨折に伴う硬膜の破損で生じた髄液漏部位から細菌が感染したか、あるいは、骨折部位に局所的な細菌感染巣を生じた後、その細菌が血行性により脳内に侵入する等して脳膿瘍が生じた可能性がある。

なお、頭蓋骨骨折は、通常は強い外力によって生じるものであるが、弱い外力によって生じることもある。また、医誠会病院では、亡智也の頭部単純レントゲン検査及び頭部CT検査を実施しており、その際、骨折は発見できなかったが、頭部単純レントゲン写真や頭部CT検査で小さな頭蓋底骨折を発見できないことはよくあることである。さらに、医誠会病院では、亡智也に髄液漏があった事実を確認していないが、髄液漏があっても、髄液が漏れる期間によっては、患者本人あるいは医師が気付かない場合もある。

(二) 検討

(1) 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものであると解される(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号・昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)。

以下、この前提にたって検討する。

(2) まず、前記認定の本件事故の状況(1(二)(3))によれば、亡智也車は、少なくとも時速約六〇キロメートル以上の速度で走行中、ほぼそのままの速度で、時速約五〇キロメートルの速度で対向進行してきた被告車と衝突し、その後、右側ガードレールに接触した後、左側ガードレールに接触したものであるから、亡智也車と被告車が互いに衝突直前にハンドルを右に切っていたため、真正面衝突を免れたこと、亡智也車は最大積載量一〇トンの大型貨物自動車であるのに対し、被告車は普通乗用自動車であったこと、亡智也の破損状況は、それほど大したものではなかったこと等を考慮しても、亡智也車に加えられた衝撃は相当大きなものであったと推認される。

そうだとすれば、本件事故によって亡智也が頭部打撲の傷害を負った可能性は十分にあるというべきである(なお、本件で、亡智也は、本件事故後、被告池野及び同棲していた女性に対し、怪我はなかった等と話し、また、姫路中央病院や医誠会病院で脳に異常があると言われた後も本件事故によって頭部を打撲した等とは言っていないが、交通事故のように緊迫した状況下において受傷した場合、受傷の程度が軽微であれば被害者が受傷の事実を認識しなかったとしても不思議はないから、右事情をもって亡智也の頭部打撲の事実を否定することはできないというべきである。)。

次に、前記認定の亡智也の本件事故前の亡智也の状況等(1(一))、本件事故後の状況等(1(三))及び脳膿瘍の症状(1(五)(3))を総合すれば、亡智也は、本件事故前、脳膿瘍の症状である頭痛や痙攣発作がなかったにもかかわらず、本件事故から約二、三日経過してから突然頭痛を訴えるようになり、本件事故から約二週間後に脳膿瘍を原因とする痙攣発作を起こしている。

そして、平賀意見によれば、脳膿瘍は、五、六日で形成されることもあるというのであるから、本件事故から約二、三日後に生じた頭痛は、脳膿瘍によるものであった可能性もある(なお、亡智也が頭痛を訴えるようになったのが本件事故から約二、三日後であったというのは、亡智也と同棲していた女性が、警察官に対して、亡智也は本件事故から「二、三日してから急に頭が痛いと言いだした」と供述したこと〔甲一〇の9〕から認定したものであるが、右供述調書は、本件事故後、亡智也に体調の変化があったことを立証することを目的として作成されたものであると認められるから〔弁論の全趣旨〕、厳密な意味で二、三日後であったとは考えにくい。)。

また、平賀意見によれば、亡智也のような若い健常成人が、突然、脳膿瘍を発症することは極めて稀であること、亡智也には、医誠会病院入院時、脳膿瘍の原因として可能性の高い内因性疾患(耳鼻科疾患や心肺疾患等)が認められなかったこと(なお、平賀医師は、本訴における証人尋問で、亡智也の脳膿瘍が内因性によるものであったと考える余地は極めて少ない旨証言している。)、一般的に頭蓋骨骨折等の外傷によって脳膿瘍が形成されるためには数日から数週間(五、六日から五、六週)を要すること(前記認定の本件事故後の亡智也の状況は、これとよく符合するといえる。)、本人が気付かないような軽微な頭部打撲によっても頭蓋底骨折は生じること、小さな頭蓋底骨折であれば、頭部単純レントゲン検査や頭部CT検査で発見できないこともよくあること、髄液漏があっても髄液が漏れる期間によっては患者本人あるいは医師が気付かない場合もあることが、それぞれ認められる。

以上のような事情を総合すれば、亡智也は、本件事故によって頭部打撲の傷害を負った結果、単純レントゲン写真や頭部CTでは捉えられない小さな頭蓋底骨折を生じ、骨折に伴う硬膜の破損で生じた髄液漏部位から細菌が感染したか、あるいは、骨折部位に局所的な細菌感染巣を生じた後、その細菌が血行性により脳内に侵入する等して脳膿瘍が生じた蓋然性が高いというべきである。

したがって、平成二年四月七日に認められた亡智也の脳膿瘍は、本件事故に起因して発生したものであると認めるのが相当である。

なお、被告らは、亡智也は、医誠会病院に入院中の平成二年五月に二回、辻本歯科医院で治療を受けていること(甲一二、一七の1、2)に照らすと、虫歯が脳膿瘍の原因であった可能性もあると主張するが、辻本歯科医院における病名、治療内容は不明である上(甲一七の1、2)、亡智也が、本件事故後、右治療以外に歯科医の診察を受けた事実を認めるに足りる証拠もないことに照らすと、被告らが主張する右事実は前記認定を覆すには足りないというべきである。

また、被告らは、平賀医師以外の医師が亡智也の脳膿瘍と本件事故との間の因果関係について否定的な見解を述べている点等(甲五、八、一〇の11、12、一二、丙四)を指摘するが、右見解の根拠は、本件全証拠によっても明らかではないから、前記認定を覆すには足りないというべきである。

そして、本件において、他に前記認定を覆すに足りる事情は認められない。

(三) 以上によれば、被告池野は、民法七〇九条により、被告会社は、自賠法三条により、それぞれ原告らに対し、亡智也の死亡によって生じた損害を賠償する責任を負う。

二  争点2(損害)について(原告ら主張の損害額は各項目下括弧内記載のとおりであり、計算額については円未満を切り捨てる。)

1  治療費(五四万五九四〇円) 五四万五九四〇円(請求どおり)

証拠(甲三、四の各1、2、弁論の全趣旨)によれば、亡智也の治療費は、姫路中央病院分が一万三二七〇円、医誠会病院分が五三万二六七〇円であったことがそれぞれ認められる。

2  入院雑費(三一万五九〇〇円) 三一万五九〇〇円(請求どおり)

亡智也が、平成二年四月九日から同年一二月七日までの二四三日間、医誠会病院に入院したことは前記認定のとおりであるところ、入院雑費は、入院一日あたり一三〇〇円を相当と認める。

3  休業損害(二九三万八七七五円) 二九三万八七七五円(請求どおり)

証拠(甲六の1、2、弁論の全趣旨)によれば、亡智也は、本件事故当時、日商陸運の大型貨物自動車運転手として稼働しており、平成元年度の年収は四三七万八五〇八円であったこと、亡智也は、本件事故により、平成二年四月七日から同年一二月七日までの二四五日間稼働できず、その間収入を得ることができなかったことがそれぞれ認められるから、亡智也の休業損害は原告ら主張のとおりとなる。

四三七万八五〇八円÷三六五日=一万一九九五円

一万一九九五円×二四五日=二九三万八七七五円

4  死亡逸失利益(五八五六万六〇四七円) 四八八〇万五〇三九円

亡智也は、死亡時二五歳であったところ、本件事故がなければ、六七歳になるまで四二年間にわたって、少なくとも本件事故当時の収入である年収四三七万八五〇八円を取得できた蓋然性が高いと認められる。そして、亡智也は、死亡時、単身であったから、生活費控除率を五〇パーセントとし、中間利息の控除につき新ホフマン方式を採用して、亡智也の死亡逸失利益を算定すると次のとおりとなる。

四三七万八五〇八円×(一-〇・五)×二二・二九三=四八八〇万五〇三九円

なお、原告らは、亡智也は原告らの長男であり、近い将来一家の中心的存在となる予定であったから、生活費控除率は五〇パーセントではなく四〇パーセントとすべきであると主張するが、本件において原告らが主張するような事情は立証されていないといわざるを得ないから、原告らの右主張は採用できない。

5  傷害慰謝料(三〇〇万円) 二五〇万円

亡智也の傷害の内容、程度、入通院期間、その間の状況等を考慮すれば、亡智也の傷害慰謝料は、二五〇万円を相当と認める。

6  死亡慰謝料(合計二四〇〇万円) 合計一八〇〇万円

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、死亡慰謝料は、亡智也の慰謝料が八〇〇万円、原告らの慰謝料が各五〇〇万円を相当と認める。

7  葬儀費用(一五〇万円) 一〇〇万円

証拠(原告省二本人、弁論の全趣旨)によれば、亡智也の死亡後、原告らは亡智也の葬儀を行ったことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一〇〇万円を相当と認める。

8  以上によれば、損害合計額は、七四一〇万五六五四円となるところ、亡智也の損害分(原告ら固有の死亡慰謝料各五〇〇万円と葬儀費用一〇〇万円以外の損害分)は、原告らがそれぞれ二分の一ずつ相続するから、その余の原告らの固有の損害分と合計すると、原告らの損害額は、各三七〇五万二八二七円となる。

9  弁護士費用(合計六〇〇万円) 原告らにつき各三〇〇万円

本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、弁護士費用は、原告らにつき各三〇〇万円が相当と認める。

三  結語

以上によれば、原告らに認められる損害は各四〇〇五万二八二七円となるから、被告らに対し、連帯して各金三〇〇〇万円及びこれらに対する不法行為の日である平成二年三月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの請求は全て理由がある。

(裁判官 松本信弘 石原寿記 村主隆行)

図面1 交通事故現場見取図

図面2 交通事故現場見取図

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